フィリピン航空(ブラボーパパ)

それは一本の電話が始まりだった。
「お兄さん、お姉さんが大変だって」
「早く日本に電話して!」

義弟の声は切羽詰っていた…

私は仕事でフィリピンのマニラにいた。女房の出産予定日は16
日。今日は6日である。帰国予定日は13日であった。その日は
仕事を終え午後八時ごろ帰宅した。そしてこの電話である。急ぎ
日本へと電話をする。
「破水した」 一緒にいる姉がそういった。
「生まれる!」 私はすぐにチケット会社へ連絡した。全てしまっ
ている。8時を回っている。そう、もうこの時間ではやっていな
いのである。わたしは思った航空会社に直接電話をするしかない

すぐにJALに電話を入れる。
「明日の日本行きのチケットは取
れますか?」
「いっぱいですねー、ビジネスなら空きがございま
すけど…」
この時期は大変混んでいたのである。あきらめてPR
(フィリピン航空)に電話を入れる。
「明日は空いてますか?」
ここの答も
「いっぱいです」 とのこと。次の 「空き」 はいつか尋
ねると
「来週の水曜日」 だという。そんなに待ってられない。私
はあきらめてノースウエストに電話をする。もしダメだったら…

最後の頼みの綱
「ノースウエスト」 も同じく一杯…。途方にくれ
る私はもう一度フィリピン航空に電話をした。
「家族愛にとても
強いフィリピン人」
である。事情を話してなんとかしてもらおう

私はまたまたPR(フィリピン航空)に電話を入れた。答えは勿
「NO」 。そこで、担当の人間に子どもが生まれることを話し、
どうしても明日帰りたい旨を伝え、
「もし帰れなかったら、一人
日本にいるフィリピン人の女房がどんなに可哀相か」
を説明した
のである。
「ちょっと待ってくれますか」 そういわれて少し待ち
「もう一度かけなおしてくれ」 といわれ、担当者の名前をきいて
そのあと藁にすがる思いで、じっと電話の前で待ち続けたのです

担当の人に電話をつないでもらう。このとき10時を回っていた
この間に日本から
「産まれた!」 という電話が姉から入っていた
「大丈夫」 それが答だった。しかし 「予約は取れない」 といわれ
「どういう意味ですか?」 ときくと、 「わざと間違えますので、
空港に3時間前に行ってください。乗れるはずですから」
との答
よくあるWブッキングを
「わざと」 やってくれるそうだ。うーん
子どもが生まれたことを伝えると
「コングラッチュレイション!」 との返事。電話の後ろでも何人
かが叫んでくれている。このリアクションはすごくいいぞ(笑)
「どっちだ?」 の問いに、 「女」 と答えると、「多分マガンダだ
(きれい)、おめでとうパパ!」
といわれる。このときほど 「言
葉」
をありがたいと思ったことはない。意思疎通が出来なければ
こんな展開にはならなかったのだ。丁寧に礼をいい電話を切る。

このときチケットの予約番号を口頭で言われたのだが、このメッ
セージの中には、彼らの祝福の言葉が挿入されていたのである。

BRAVOPAPA2DELTAROMIOJULY >

「ブラボーパパ、デルタ、ロミオ、ジュライ」
である。ブラボー
はブラボー(笑)、パパは私のこと、デルタは航空会社のことか
な? ロミオは担当者の名前でした。ジュライは7月(7月6日
でした)。空港でチケットを受け取るときに
「子どもが生まれた
のか?」
といわれたのである。電話ではわからなかった(一文字
一文字発音された為)が、彼らはとても真面目なのである(笑)


日本にいる女房とはどうやっても連絡が取れない。すごくさびし
い思いをしてるに違いないからだ。一緒についていてくれるのは
フィリピン人を奥さんに持つ日本人の友人二人と、女房の実の姉
の三人である。が、ここは旦那である私に一番ついていてもらい
たいはずである。どうしても連絡が取れないのであきらめて寝る


ほとんど眠れぬまま目が覚める。飯も食わずに空港に向かう。も
し遅れたら飛行機に乗れないからである。チケットは買えた。7
35ドル。昨日あれだけ騒いで、チケットを取ったのだが、最初
に言われた金額は1055ドル。これは正規運賃である。が何と
か説得して、PRに出来る限界が735ということだったのであ
る。正規運賃も言えば安くなるんですね(笑)ちなみに私が以前
買っているところでは460ドル(格安航空券)しかしませんが

チケットを持ち揚々と空港に入る。時間はぴったり3時間前。チ
ケットカウンターに入る。周りには日本行きの可愛い女の子達で
一杯である。
「ノー! あすかるさんあなた席ないね。何処で予
約したの?」
私は詳しく説明した。 「わかったわかった」 予約番
号を告げると
「あなたの子ども昨日生まれたの?」 やはり思いっ
きり冗談の予約番号である(笑)だが話はついているはずなので
そのまましばらく待つこととなる。係員が、ロミオという係員に
ききにいってくれた。30分ほどしてやはりのれる事となった。

搭乗手続きをすませ機内へと向かう。
「眠い…」 飛行機に乗った
後も体をよこに出来ず、隣も何でか知らないが、可愛いフィリピ
ーナではなく親父が座ってるし、いままでで最悪の飛行機だった
が、空腹のため機内食を全て平らげ、無理やり眠りへとついた。

私を乗せた飛行機は一路成田へと向かう。成田につくと駆け足で
入管を通り抜ける。足は「京成電鉄」へとむかう。何とか特急電
車に駆け込み
「ほっ」 とする。 「女房に会いたい」 そんな気持ち
が胸をよぎる。折りしも今日は台風である。傘も持っていない私
はタクシーに乗った。病院に着き真っ直ぐに病室に向かう。午後
十時。ここでも障害が発生。
「面会時間はとっくに過ぎておりま
す!」
との看護婦の声。 「明日にしてください」 といわれたが、
私は事情を説明し、何とかあわせてもらうことが出来た。
「アサ
ワコー」
抱き合う二人、二人の頬には涙が伝う。お互い言葉はな
かった。しかし二人の心は一つだった。真っ暗な夜の病院だった

生まれたのは女の子。残念だが顔は見れない。私は父親になった
のである。
「ブラボーパパ」 である。この瞬間から私の家族が一
人増えた。愛する家族が女房と、子供と、2人になったのである


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