フィリピンでの病院での話
うちの子供(6ヶ月)が肩が抜けまして(子供ってよくなりますよ
ね?)日曜の朝7時頃でした。さすがに子供は泣きっ放しだった
ので、治してもらいにいかなくてはならなくてマカティメディカ
ル(日本でいえば総合病院クラス。急患がある)というところに
行きました。そこのほかに、空いているところはなかったのです
初めてだったので女房に初診受付をしてもらい、そのあいだ私は
あたりを見回しました。さすがに急患患者ばかりで、うちの子は
泣いているとはいえ、命に別状があるわけではありませんでした
そのとき名前が呼ばれ、ものすごくきれいなオネーサンにいろい
ろ尋ねられました。「なぜ肩が抜けてしまったの」云々。クラブ
とかでなく、一般の人であんなにきれいな人(フィリピーナ)を
見たのは初めてでした。子供の事はすっかり忘れ、白衣にそそら
れてしまいました。しかし子供が泣いています。白衣の事は忘れ
て、子供の腕を直して貰えるように白衣の天使にお願いしました
日曜日という事もあり、だいぶ長い事待たされていました。その
とき、一人の患者が運び込まれてきました。不思議な事にここで
はカーテンなどせず(一応ありますが)そのまま治療にあたって
いました。私たちが待っている目の前です。ぐったりとした子供
(多分6歳くらい)は半目を開けてうつろな表情で「ボーッ」と
しています。話し掛けてもろれつが回っていません。時折奇声を
あげています。あわただしく検査が始まりました。しかし、心電
図の様子がおかしいみたいで、しきりに何か機械をチェックして
います。なにやら注射されています。口には酸素マスクがあてが
われ、胸では心臓に向けてと思われるマッサージが行われていま
す。しかし、心電図の反応が弱いらしく、両親に事情を聴いてい
ました。このときは事態はまだ深刻ではなかったようです。この
空間と、私との距離は約3メートル程。アメリカ映画の病院のシ
ーンを見ているような、非現実的な感じを受けてしまいました。
そばには子供の父親と母親。そして五人ほどの看護婦と3人の医
者。父親は盛んに足の裏をマッサージしてあげています。(フィ
リピンでは風邪をひいたときや、体の具合が悪いときは足の裏を
マッサージする習慣がある)母親はハンカチで目を覆いながら心
配そうに寄り添っています。「おかしい?」子供の様子がいっこ
うに良くなりません。注射が全部で5本ほど打たれました。心臓
マッサージはずーっと続けられています。しかし、心電図は私が
見てもあきらかに弱くなっていっています。子供の体から赤みが
きえ、薄い黄色がかかってきました。ほのかに青白いようです。
子供の目はすでに閉じており、動き出す気配はありません。真剣
な眼差しでマッサージを続けていた父親の目から涙がこぼれまし
た。母親はハンカチで目を覆い、それを外そうとはしませんでし
た。その状態が続き、心電図の上下の反復がほとんどなくなり、
たくさんいた医者は「もう駄目か」というような顔をしました。
そのとき一人の神父がやってきました。彼は顔の前で十字を切り
聖書を読んでその場を立ち去りました。残された医師は心臓マッ
サージをやめ、酸素マスクを外しました。医師は家族に向けてな
にやらつぶやき、そのあと父親と母親は子供に覆い被さるように
抱きつき、あたりは彼らの「泣き声」と「静寂」に包まれました
およそ40分ほどの出来事でした。原因はわかりませんが、「頭
を打った」らしいとのことです。きたときはそれほど深刻でなく
子供の目もまだ開いていたのです。目の前で起きたこの死との対
面に、私は動揺を隠せませんでした。残された両親の気持ちを思
うと私の瞼に熱いものがこみ上げてきました。子供はそのまま担
架にのせられ、シーツを頭まですっぽりとかぶせられて、そこか
ら運び出されていきました。そのあとどうなったかは知りません
死ぬときって意外とあっけないものです。人はいつ死ぬかはわか
りません。後悔しないように生きていきたいですね…。
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