ドマゲティの夜2


日も昇りだんだんと暑くなってきました。家に一台しかない扇
風機は私だけにむけられています。長旅で疲れた私は横になり
ました。ふと気が付くと、外で家族がなにやら始めています。

「ブヒー、ブヒー」子豚が騒いでいます。私は外に出ました。
そこでは男が今まさに豚の頭を竹でたたくところでした。
「ブ
ヒー」
子豚は手足が痙攣しています。両足を押さえられた子豚
はおなかに包丁が入れられました。そしてなにやら詰め物をさ
れています。それから竹を肛門から口まで突き刺されました。
やがて子豚は焚き火の上で、グルグルと回され始めたのです。

フィリピンで一番のご馳走
「レチョンバブイ」 子豚の丸焼きで
す。お兄さんはなにやら道具を使って木の実を取っています。
南国のフルーツです。そして姉がやしの木を取ってきてもらっ
ていました。
「ボコ」 です。もちろんなかの水を飲むためです
はじめて飲むボコはその時はあまりおいしく感じませんでした
全てが私一人の為に行われているのです。盛大なパーティです
日本人みたさに近所に住む人間もたくさん集まってきています

居場所がない私は家の中に戻りました。どうしたというのでし
ょう?私は自分の置かれている立場に気づきました。
「彼女と
結婚する」
という事は 「彼らと家族になる」 ということです
「60を過ぎて仕事のできなくなった父親や、学校に行ってい
る兄弟の面倒もみる」
ということなのです。一瞬悩んだ私です
が、すぐにうれしくなりました。家族のいない私に
「いきなり
たくさんの家族ができる」
ということを意味する事だったです

私は外に出ました。そして皆と鶏をさばくのを手伝いました。
首をしめ頭を落とし毛をむしり… これも豚と同じように細い
竹に刺して焼き始めました。もちろん言葉なんてわかりません
でも彼らの笑顔と心地よい時間に私はとても幸せになりました


あっという間に時間は過ぎていきました。時の止まっているよ
うな空間の中で、何もせず、何も考えないまま時間だけが過ぎ
ていきました。ひとつのことを終えるのにおよそ一日という時
間が簡単に過ぎていってしまいます。一日の糧となる仕事も、
兄が一日90ペソの仕事を細々とやっているだけなのです…。
日本円でおよそ200円にしかならないのです。しかも家族の
一員で彼と、彼女だけが仕事をしています。他に働くものはあ
りません。いや、働けるものがいないのです。じっとながら、
今日という日が過ぎるのをひたすら待ちつづけているのです。

何もできないのです。本当に質素な食事をしたら、それだけで
全てがなくなってしまうのです。彼らのことを思う彼女の、本
当に強い責任感や、強く家族を思う気持ちを見ることができま
した。そう、彼女の送金が途絶えたらこの家族は終わりなので
す。日本にあくまでも執着する彼女の気持ちが見えました。や
っと彼女の気持ちが少し見えてきたのです。日本という国とは
まったく文化や環境が違う、フィリピンという国で生きてきた
彼女の心です。簡単な意思疎通とかのレベルではないのです…


帰国の日、お父さんと、お母さんと、兄弟が見送りにきてくれ
ました。また7時間の船旅です。私は家族に別れを告げました
お母さんと妹は泣いています。たかだか1週間ほどしかいなか
ったのに私との別れを惜しんで泣いてくれています。私は二人
の頬に口づけすると、私は体を引きずるように旅立ちました。


しかし、簡単にはいきませんでした。問題というのは子供です
日本人との間に生まれ、国籍はもちろん日本人。そしてフィリ
ピンへの届出は無し。そして父親はいない… なんとか父親を
探し出し、父親に彼女が尋ねると、父親は子どもに1年も会っ
ていないというのに
「子供は渡さない」 という。父親が言うに
「離婚はしてもいいが、子供は彼の両親が育てる」 という。
日本人同士なら
「家庭裁判所」 という手があるが、彼女にはそ
れも難しい… なによりもオーバーステイであり、下手をすれ
ば強制送還だってありえるのである。今日本を離れるわけには
行かないのである。何度も彼女は頼み込んだ。必死にである…


ドマゲティの夜3に続く


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